昨晩、
美味しい焼き鳥を食べにいきました。
お相手は…、
はてなブログで密かな人気を誇る!
★『でででーさん』
イケてる大人計画メンバーは…、
アナログ人間ばかり。
いろんな方から~~。
「もう少し、WEBに詳しいひとを加入させた方がいいよ!!」
というアドバイスを頂いておりました。
こんな噂が立つと方々から売り込みがあるのですが…、
今必要なのは、
■WEBのことを熟知している!
■文章力がある!発信力がある!
■1000人TVにも出演したい!相性が合うだろうと
■あたりまえ力が高い!
そして、
■相性が合う人
とまるで、結婚相手を探すかのように条件が厳しい。
吾輩の我儘に付き合うにはそれなりの覚悟も必要だし…。
そんな時、彗星の如く現れたのが…、
『でででーさん』
とにかく、一度お会いしてみましょう!!
ということで昨晩、焼き鳥を食べに行ったのです。
どこまで書いていいのか???
ご本人の許可を取っていないので…、
当たり障りのないことだけ記してみます。
●なかなかカッコよいナイスガイです!
●ビールが大好き!!!とにかく!~飲みます!!
●スポーツ大好き!子供の頃は…、野球少年!!
●××××も大好き!!
と書き始めてから思い出しました。
ご本人が書いた自己紹介があります。
好きな芸能人他~~~、要チェックです。
ここまで書いたので賢明な読書はお気づきになったでしょう。
イケてる大人計画のWEB&システムアドバイザーとして参加してくれることになりました。
これから、どんなアドバイスをして頂けるのか?
『WEB王子』
として活躍してくれるのを楽しみにしています。
題して!!
イケてる大人計画の、
『こてつ!ででで!千里眼!』
★★★
★(1年前…)2016年5月31日の夢叶は、
『巨人ファンと阿部慎之助さん』でした。
日本が一番元気だった頃に語られた流行語に!
『巨人!大鵬!卵焼き!』
という言葉がある。
日本が一番元気だった…。
その由縁を紐解いていくとしよう。
日本が一番元気だったのは、1960年代と言われている。
その背景には、
日本が高度経済成長期にあったこと。
戦後の昭和期。
不屈の闘志で蘇りを図る日本が様々な分野で産業~経済発展を遂げていた。
少しずつ、衣食住が豊かになってきた。
同時に娯楽を楽しむ心の余裕も生まれてきた。
その頃、
大相撲では、
人気力士・大鵬
が出現!
1960年に初優勝を遂げると昭和の大横綱として相撲界をけん引。
引退する1971年まで数々の名勝負を演じてきた。
プロ野球界の礎を創った代表各と言えば『ON砲』
ご存じ、
ミスタープロ野球・長嶋茂雄さん
世界のホームラン王・王貞治さん
の二人。
ONの大活躍によって、『読売巨人軍』が前人未踏の日本シリーズ9連覇を成し遂げたのが、1965年~1973年。
まさに、常勝・巨人と叫ばれていた。
この頃、まだ粗食の時代。
栄養価も高く、彩も鮮やかで美味しい~おかずの代表格だった卵焼き。
卵焼き加わるだけで食卓が華やかになった。
この3つの言葉、
『巨人!大鵬!卵焼き』
が、子供から大人まで誰からも人気がある言葉の象徴として使われるようになった、
この言葉の生みの親は…、
この頃、若手官僚の間で、強い巨人軍と相撲の大鵬関が勝利すると国民が歓喜することで、物価が景気が上昇すると言われていた。そんな背景も相まって、
1961年、経済産業省の官僚人が経済報告の記者会見の席で、
「子供たちはみんな、巨人、大鵬、卵焼きが好き」
と話したことがきっかけとなって広まっていった。
この官僚人の名前は、
堺屋太一さん
後に作家として大活躍するのが頷けるエピソードである。
時代を象徴する言葉。
今日は、
大リーガーとして活躍している
マー君こと、『田中将大投手』と熱闘を繰り広げた投手の夢叶を書いてみました。
★『背番号1が似合う斎藤佑樹投手が、623日ぶりに1軍勝利を挙げた夢叶なのだ!?』
2006年8月20日。
第88回・夏の全国高校野球甲子園大会・決勝戦。
夏の甲子園大会で3連覇を目指す駒大苫小牧高校のエースに成長した田中将大投手と延長15回でも決着がつかず、1969年、第51回・夏の大会、松山商業対三沢高校戦以来37年振りの決勝引き分け再試合を演じたのは!
★早稲田実業高校の斎藤佑樹投手
翌日行われた再試合!
斎藤佑樹投手は、自ら先発を志願し4連投。最後打者として、ライバルは田中将大さんを三振に打ち取って接戦を制して優勝投手に輝いた。
持ち前の甘いマスクとマウンド上で、ユニフォームのポケットから青いハンカチを出して汗を拭う仕草が話題となり
『ハンカチ王子』
という称号が与えれ全国区となった高校球児である。
その後、早大に入学。
一足先にプロ野球・楽天イーグルスで大活躍している田中将大投手に遅れること4年。
2011年、日本ハムファイターズに入団。
しかし…、
プロ入り2年目の2012年秋。右肩を負傷すると思うような投球ができなくなった。自分が描く投球が全くできなくなるとかつてのような輝きを放つことは出来なくなった。
1軍未勝利だった、昨年オフ。
プロ野球でエースナンバーと言われる背番号『18』を返上。
マウンド上で輝きを放っていた、早稲田実業~早稲田大学時代に付けていた背番号『1』で今シーズンを迎えることになった。
「変えるなら若くしないと。(背番号が)多くなるのは意味がない。ダメでそうするわけではないから。とにかくドロドロになってやりなさいと伝えた」
栗山監督の言葉に斎藤佑樹投手への期待が込められている。
この期待に応えるために、今シーズン2度目の先発マウンドに上がった斎藤佑樹投手。
ツーシームでバットの芯を外す新スタイルでDeNA打線を相手に6回途中5安打1失点と好投すると、味方打線も4番・中田が3安打で自己最多タイの5打点を挙げ、623日ぶりの1軍勝利を挙げた。
本拠地・札幌ドームの白星は975日ぶり。
待ちに待った札幌ドームのファンに、
「うれしいです。いや、うれしくないです。ちょっと長かったなと。すみませんでした」
お立ち台で喜びとお詫びが入り混じったインタビューを披露した。
久しぶりに見て満面の笑顔。
やっぱり、斎藤佑樹さんは笑顔が似合う。
「やってきたことの8割は出せた。出来すぎだけど、今日の投球を最低限にしないといけない。1勝、2勝で終わるわけにはいかない」
この日で通算15勝目。
海の向こうで戦うライバル!?田中将大投手に背番号『1』を背負った投手・斎藤佑樹の姿を届くように白星を重ねていって欲しいと思った夢夢叶であった。
(エムP)
『君が思い出になる前に』
ハンカチ王子
斎藤佑樹投手
君が思い出になるのは…、
まだまだ、早すぎます。
【BEM】(バースディー・イブ・ミュージック)
【BGM-IN】「君が思い出になる前に」(スピッツ)
★あなたが、この世に誕生したことが夢叶だった。
あなたの生誕日には、
どんな夢叶があったのでしょう…。