『昨日より今日はもっと×2!素敵』 BLOG(イケてる大人計画)

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【アニオタはかくしてLIVE演出家になった】42小節目♪「疲れた心に必要なのは単純だけど"優しさ"だと思う…たまにはゆったりと心の休養を取ってみたい」

れらpです。
最近いろいろなことが積み重なって、分かりやすくいうと心が疲れています。
こんなことを書くとまた、ななみるに何かあったんじゃないか、とか心配する人が出てくるかもしれないのであらかじめ断っておくと、疲れている主な原因はななみるじゃありません。彼女たちはあまり関係ない。

 

歯切れ悪く「あまり」と書いてしまったのは、つまり、僕の精神を形成するさまざまな要素の中には、当然のことながら彼女たちもまた含まれている、という単純な理由からです。


人間、誰しも「仕事」とか「人間関係(家族も含め)」とか、今の「生活」とか将来の「人生設計(もしくは夢)」とか、あるいは「過去(もしくは後悔)」とか…、自分を取り巻くありとあらゆる要素に影響されて今を生きているのが当たり前なのですから。

 

今日のエントリーは、少しとりとめのない話になるかもしれません。
とっても素敵な、とある映画を見て思ったことを、思いつくままに書いていくだけの記事ですから、普段の毒舌はあまり期待しないでください。
(でも普段の半分のボリュームなのでサクサク読めるはず笑)


■「阪急電車 片道15分の奇跡」という映画があまりにも傑作だった

皆さんはご覧になったことがあるでしょうか。
今から6年前に公開されたこの作品。
たまたまAmazonプライムで見放題ラインナップに上がっていたので、つい鑑賞してしまいました。

 

★映画のメインビジュアル★

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www.ktv.jp


冒頭にも書きましたが、最近心が少々すさんでるもので…。
仕事していても、作業していても、時たま心が行方不明になることがあって。

 

何かこう、心の栄養剤が欲しかったのです。
そんな時に見つけたこの作品。以前から少し気にはなっていました。

(何故すさんでるか、という話から入るとあまりにも脱線し過ぎるし、あまりにもプライベートに関わるので、その部分に関しては今回割愛の方向で…別に阪急電車だから「脱線」を使ったわけではありません笑…笑えないし)

 

最初、タイトルを見た時には、あ~これ阪急電鉄さんのプロモーション映画なんだろうな~、どうせ阪急の電車に乗って幸せになろう、みたいな押し付け作品なんだろうな~、と食わず嫌いが発動してしまっていたのですが。

 

結論から先に言うと、この映画、観てよかった!


どう考えても最近の中では最高傑作、と断言してもいい作品でした。
だって、こうやって鑑賞直後にブログ記事書かなきゃ、っていう気持ちになるくらいですから。
なんでこんな良作、6年間も観ずにいたんだろう…。

 

いやいや、思いがけない掘り出し物に出会いました。

 

とても、泣けました。
とても、暖かい気持ちになれました。
そして、自分の心を少し、取り戻せたような気がしました。

 

約2時間。とても素敵な時間を過ごせました。

 

この映画を世に送り出してくれた原作者さん、監督さん、プロデューサーさん、役者の皆さん、関わったありとあらゆるスタッフの皆さん、そして阪急電鉄さん。さらにさらに、この素敵な作品を観るきっかけをくださったAmazonビデオさん。
本当にありがとうございました。

 

阪急電車 片道15分の奇跡

阪急電車 片道15分の奇跡

 

 


■常識と非常識が当たり前に混在するSNSの世界との付き合いが最近めんどくさい

最近、常にモヤモヤしていることがあります。
SNSの攻撃性。あるいは「文字」だけのコミュニケーションの難しさ。

 

ネットワークが人間の本来持っている能力以上に広がり、普段物理的に顔を合わせられない距離にいる人とも文字面だけで簡単にコミュニケーションが取れるようになった時代。
「コミュニケーション」というと聞こえはいいですが、この中には当然「負」のベクトルも含まれています。

 

直接会って会話すればなんでもないようなことが、文字だけで遣り取りすることで妙に攻撃性を帯びてしまったり、あるいは文字面だけ追っていて、そこから読み取れる断片的な情報だけで相手を決めつけてしまったり。
昔は、自分が生活している空間の中だけ(つまり、職場や学校あるいは自分自身の友人関係であったり、家族やご近所さんだったり)に全力で気を遣っていればよかったものが、最近はSNSというツールのせいでその範囲がべらぼうに広がってしまって容量オーバーになり、無駄に疲弊している。

 

さらには、その匿名性がゆえに、不必要に他者から攻撃されたり、自分のことをロクに知りもしない人から「こうあるべき」論を押し付けられたり。
いちいち反論するのも無駄なエネルギーの浪費だと思うので何も言わないことの方が多いですが、その実どこかの誰かのくだらないクソリプに腹を立てていることも最近やけに多い。
かくいう僕自身も、たとえば誰かに対して(SNSに浮上していない間その相手がどんなことを実生活でやっていたかなんて知りもしないくせに)何かを無自覚に押し付けていたことがあるかもしれません。

 

メールでもLINEでも何でもいいですが、こちらから送った何らかのメッセージについて、相手が「既読」しているのに「返事がない」ことそのものにいつの間にかイラついてしまう、なんてくだらないメンタルに堕ちていたこともたびたびです。

 

自分では「当たり前だと思っていた常識」が通じない相手も、しばしばSNS上には現れます。

 

たとえば「今度機会があったらぜひぜひ~」なんてメッセージ、社交辞令に決まってんじゃないですか!?
実際には相手のリクエストに応じられないことはこの世の中たくさんあります。

 

でも、そんな単純な文章のうち、前半部分の「機会があったら」ではなく、後半の「ぜひぜひ~」という部分だけ妙に執着されて、あのとき「やろう」といったことを実際には履行してくれない、といって殊更騒がれたり…。
前半部分の「機会があったら」というエクスキューズは完全になかったことにされて、あたかもこちらが悪いみたいな印象で勝手に向こう側の言い分だけ主張されたり。
まるで小学生のような(といったらキチンとした小学生に怒られそうですが)低レベルな主張を普通に繰り広げる輩が実在している、という衝撃の事実。
驚くべきことにそれに同調するアホがまたSNS上には必ず一定数いるということも分かり。

 

あーホントにこんな人たちいるんだー、って最近つくづく呆れたりしていました。

 

まあSNSなんて無差別級の異種格闘技戦会場みたいなモンで、常識をわきまえない奴、他者の心情に無断でドカドカと土足で踏み込んでくる奴、無自覚で相手をイラつかせる奴、実にさまざまな人間がいます。
語弊があるといけませんが、社会性をキチンと身に着けた、ちゃんとした大人もいれば、ぶっちゃけ自分のことすら自分で整理できない「おこちゃま」も同じツールでこっちと対等に会話してくる世界。
そんな空間が、そもそもそんなに居心地のいい場所ではない、というのは弁えていたつもりだったんですが…。

 

なんだか最近、そういうのにほとほと疲れてきました。


■役者の演技にイチイチ共感して泣いたり暖かい気持ちになれる…人間同士の本来のコミュニケーションを思い出した

「阪急電車 片道15分の奇跡」で描かれるコミュニケーションは、それが良きにつけ悪しきにつけ、人と人とが実際に顔を合わせて行われるものでした。
目の前にいるその相手に、その人がどういう「目」で接するのか、が実に丁寧に描かれていました。

 

あー、人間関係って、本来こうやって築かれていくものなんだよなー、って、見ていて思いました。

 

目の前に存在する誰か。
SNS上の、バーチャルな関係じゃない、実際にそこにいて、呼吸をしている相手。普通の人ならば、そんな相手に突如として暴言を吐いたり、ロクに知りもしないのに何かを押し付けたりはしないものです。
あるいはそういう人を遠巻きに見ることで、自分がどうあるべきか、密かに察したりできるもの。

 

この作品には、そんな人と人とのコミュニケーションの「当たり前」が、きちんと描かれていました。

 

物語は、阪急今津線、という、全部で8駅しかない短い私鉄路線沿線を舞台に繰り広げられるオムニバスドラマです。


主要な登場人物は、駅の数と同じ8人。
それぞれが、実に様々な悩みや苦しみを抱えているわけですが、それを実に抑制的に、でも秘めたる感情の揺らぎを観る人と共有しながら物語が進んでいきます。

 

★阪急電車ってこのレトロな感じの車体も魅力的ですね★

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何か特別な能力や圧倒的な力を持っている人は誰もいません。みなごく普通の、市井の人たち。
そんな人たちが、等身大の暮らしをしていく中で傷つき、支えあい、お互いを癒していく、いわば心の再生の物語でした。

 

このキャストたちの中に、観る人が必ず心から共感できる人物がいると思いました。
僕の場合は、ほとんどすべてのキャストに共感できました。

 

だから、彼女たちがとった行動(登場人物はほとんど女性)やセリフにいちいち共感できたし、役者が泣くときは一緒に泣けたし、相手をいたわるシーンでは僕も暖かい気持ちになれたし、笑顔を見せた時は僕も自然と笑顔になっていました。

 

役者陣がまた誰一人として大根役者がいない、素晴らしい演技で(子役ですら素晴らしい)、最初から最後まで安心して鑑賞できましたし。
その登場人物を支える脇役陣がまた実に良き人たちとして描かれていて、自分もこうでありたい、と強く思いましたし。

 

なんだろう。久しぶりに俳優さん・女優さんって素敵な商売だな~って思いました。

 

正直、この役者さんって、こんなに演技上手かったっけ?って思った人も何人もいました。
役者志望の方は、見て損のない作品だと思います。

 

あ、そうそう。結局この作品には「阪急電車」はこれ見よがしに出てきません。
印象的なシーンが駅のホームだったり、電車の中での会話だったりするだけです。
でもそれがまた実に効果的で、こうした人々の人生を、毎日毎日黙々と運び続けているのがこの電車なんだなー、って。
実に憎らしいほどスマートな宣伝になっていました。

 

★これが予告編…ちなみに芦田愛菜ちゃんは主要キャストじゃありませんので悪しからず(=ザ・大人の事情?)★


映画 『阪急電車 片道15分の奇跡』 予告編


■本当の人間関係って「文字」だけじゃ築けないんだよね

今日は短信のつもりなので、そろそろまとめに入りたいと思います。

 

僕は別に、SNSという便利ツールを否定するつもりはありません。
事実、それによって僕自身救われたこともたくさんあるし、新しい出会い、というか尊敬できる人を知るきっかけになったり、とか、その恩恵を存分に享受してきた自覚もあります。

 

いっぽうで、その手軽さ、シンプルさによって失われてしまった、というか忘れてしまった、本来あるべき人との「間合い」であったり「距離感」、あるいは他者と接するときの「礼儀」とか、踏むべき「段階」とか、そういうのがまるで無駄なプロセスのように人々の間から忘却されていくことに違和感を感じている、ということを少し自分自身確認したかったがゆえに、今日のこのとりとめのない文章を書き綴った、というのが正直なところです。

 

こんな風に感じたこと、皆さんはありませんか。

 

正直、心が疲れている、と冒頭から書いていますが、僕みたいにこうやって白状しないまでも、実際のところツイッターで楽しそうにおしゃべりしている人たちだって、本当は真逆の気持ちを抱きながら表層を装っているのかもしれない。

 

人間同士のコミュニケーションは、本来言葉だけで行うものではありません。
その言葉を発するときの相手の表情、声の発し方、視線、あるいはその人がその瞬間発する空気感、によっても、同じ言葉でも実にさまざまなニュアンスで受け止められる。

 

その「人情の機微」みたいなものをうまくキャッチすることで、本来の人間関係というのは築かれるハズ。
だから、本当に、文字だけで大事なことを遣り取りするのはやめてほしいし、僕は大事なことについては文字だけでは決めたくない。

 

ついていけないんです。

 

相手が機械ならロジカルに文字で遣り取りすればいいが、本当に大切な、心の部分の遣り取りは、最終的には目の前でお互いを見て、ちゃんと向き合って話をしたい。

 

先日、父が脳梗塞で倒れて生死の境を彷徨い、いろいろ思うことがありました。
そんな時なのに、こっちの気持ちなんか考えずに、残酷な言葉をある人から投げかけられたりもしました。
正直、その言葉のせいで未だに気持ちを立て直すことができないし、今この瞬間も鉛のように心が澱んでいます。

 

だから最近思うのは、今ちゃんと存在している人間関係を大切にしたいということ。
SNSを使うときだって、脊髄反射で思ったことを無遠慮に呟くのではなく、ほんのちょっとだけでも、実在の相手の気持ちを思いやって「優しさ」を含んでいたいな、ということ。

 

ある日突然、大切な存在を失うかもしれない。
人間関係ってそういうもんでしょう。

 

たとえば僕がいなくなったら、いったいどれくらいの人が悲しんでくれるんだろう。
悲しんでくれるだけの人間関係を果たして僕は築けているだろうか。
僕を大切だと言ってくれる人は、いったいどれだけいるんだろう。


「阪急電車」を観ながら、そんなことをふと、思ってしまったのでした。