『昨日より今日はもっと×2!素敵』 BLOG(イケてる大人計画)

『昨日より今日はもっと×2!素敵』 BLOG(イケてる大人計画)

【イケてる俳優】【イケてるタレント】【イケてる文化人】がエンタメ、トレンド、恋愛等々、得意ジャンルで『昨日より今日はもっと×2!素敵』情報をお届けしていきます。常に明日に向かって進化を遂げるイケてる大人計画を実行中!?イケてる大人の読者登録【1000人】目指しています。お気軽に登録!参加してください。よろしくお願いいたします!!===POWERD by WAJA‐NEXT===

【阿部派一刀流 阿部吉宏の一刀斎武録】 ≪もしも、死ねと言われたら≫

 

f:id:abe_faction_saber_way:20171004215758j:plain

楓の季節になりました

 

秋も深まっています

 

★★★★★

 

会社の社員に対する待遇が

時として命に関わる事案が増えて来ています

 

過労死やうつ病による自殺などです

 

 

逃げないで仕事に向かいあった結果

過労死や自殺に結び付いているのだとしたら

真面目さの本質は一体なんなのでしょう

 

 

個人の集合体が国家を形成しているように

会社組織も個人の集合体のはずです

 

 

誰かの為に下敷きになる

あるいは、誰かの犠牲の上に成り立つ

それは果たして許されることなのでしょうか

 

 

会社組織を人体に置き換えて

リストラされた人や会社を様々な理由で去る人を

細胞の自死機能のアポトーシスになぞらえる人がいました

アポトーシス - Wikipedia

 

 

現象だけを見れば似ている感覚がありますが

組織の維持の為に

個人が使い捨てられるということは

決してあってはならないことです

 

 

★★★★★ 

 

戦乱の中にあって

もしも、自分の仕えるリーダーから

『組織の為に死んでくれ』と言われたら

 

 

そんな戦争という極限状態で戦った2人の男のお話です

 

 

今を遡ること447年前

1570年 元亀元年

織田信長は人生最大の撤退戦を余儀なくされていました

 

金ヶ崎の退き口、あるいは金ヶ崎崩れと言われる戦いです

 

 

朝倉義景と浅井長政の軍勢から

織田信長は命からがら逃げ伸びます

 

撤退戦において

自軍の逃走を完了するまで

敵の進軍を食い止める役割を

『殿(しんがり)』と呼びます

 

 

次々に味方がいなくなるのに

次々に敵が攻めてくる訳ですから

当然、死亡率がとても高い役割です

 

 

この殿の役割に当たる武将の条件は

司令官(この時は、信長)に高い忠誠心があること

勇猛果敢であること

戦上手であること(戦略的な思考や戦いが出来ること)が挙げられます

 

 

この危険な任務を信長から命ぜられるということは

信長を逃がす為に、死んでくれと 言われたも同然です

 

 

この危険な任務を無事に完遂し

自分の出世に結び付けたのが

後の豊臣秀吉です

 

 

秀吉というと

一般的に戦上手のイメージがありませんが

殿をこなして生き延びるということは

実戦を生き延びる強さを備えていたことが分かります

 

 

それまで

織田家の家中で知恵者の評判はあったのですが

これで評価を高めました

 

命の危険をチャンスに変えて

自らの男を上げました

 

 

そして

15代将軍 徳川慶喜が大政奉還の後

旧幕府軍対新政府軍の戦いがありました

 

★★★★★

 

大政奉還によって政権を天皇に返上した徳川慶喜は

将軍では無くなりましたが

日本一の資産を持つ大地主になりました

戦争でボロボロになる前に将軍の権限を放棄したからでした

 

せっかく討幕を為し得たのに

これでは旧幕府の影響が大きい世の中になってしまう

 

 

薩摩の大久保利通や公家の岩倉具視らは

徳川慶喜の領地や官位の返還を決定し

新政府から旧幕府の勢力を徹底的に排除する方針をとります

 

その決定に対して

旧幕府側が怒り鳥羽・伏見にて兵を上げました

 

戊辰戦争の始まりです

 

その緒戦となった1868年、慶応4年

鳥羽・伏見の戦い

 

 

徳川慶喜は家臣団を残したまま

さっさと大阪から江戸に逃げ帰ります

 

 

将軍家、江戸幕府を護る為に戦ってきた

それまでの武将たちの落胆ぶりは

想像するだけで悲哀に満ちています

 

そこで

鳥羽・伏見の戦いで

敗戦は目に見えているのに戦い続けた男たちがいました

 

その代表格は

新選組です

新選組は武家社会の代表の様な形で

前線に押しやられます

 

それまでは

侍と農民、町人がごちゃ混ぜになった

ただ、剣術が強い荒くれ者集団の様な扱いを周囲に受けていました

 

時代が大きく動き

将軍が存在しない時代になって

 

今度は今まで自分たちを軽んじていた武家社会のプライドの為に

新政府軍と戦うことになるのです

 

旧幕府軍から見れば

新選組は

いわゆる、鉄砲玉でした

 

たとえ全滅しても

新政府軍の勢いを少しでも削いでくれれば良い

旧幕府軍からはその程度にしか考えられていません

 

新選組は命懸けで幕府の命令に従って来ていたのに

結局は捨て駒として扱われます

 

 

その頃は局長の近藤勇も沖田総司も前線から離れていました

新選組を率いていたのは

土方歳三でした

 

 

鳥羽・伏見の戦いの前年に

幕臣に取り立てられてはいるものの

土方歳三は農家の出身でした

 

 

最新鋭の兵器で武装されている新政府軍に

旧式の兵器で立ち向かいます

 

 

味方の裏切り、仲間の離脱

次々に減っていく新選組

 

 

仙台で榎本武揚率いる旧幕府軍と合流して

函館五稜郭まで戦い抜くのです

土方歳三の戦略家としての才能は非常に高く評価されていました

 

 

土方歳三は、死に場所を求めていた

そう評される場合もあります

それは、旧幕府方に付き

敗北が目に見えている戦いをしていたからです

 

 

ですが、この見解は後世だから出来るのです

歴史を神の視点から見れば

土方歳三の動きは悲惨そのものです

 

 

果たして

死に場所を求めた人間が日本中を転戦して

北海道まで生き延びるでしょうか

 

 

日本中で獅子奮迅の活躍を見せました

死に場所を求めた人間ならば

敵軍にむやみに突撃します

 

 

土方歳三は

勝利を絶対に信じて

諦めていなかっただろうと思います

 

 

 

 

★★★★★

豊臣秀吉は、織田信長からの寵愛もあったと思います

戦に対するテンションも高かったはずです

 

何より、戦を立身出世の道具にすることを選びました

生き抜く事を何よりも優先した秀吉は

極限状態でも絶対に生き抜く事を諦めなかったから

強運を掴み取ったのだと思います。

 

 

 

 

土方歳三は、将軍という

武家社会のリーダーからさっさと見捨てられます

しかし、それでも戦い続けました

 

 

土方には農家から侍に取り立ててくれた幕府に対する

恩義で戦っていた心情もあるでしょう

 

そして

 

なによりも

途中で投げ出さない

男としての

強い責任感・使命感で動いていたと思います

 

冒頭に述べた

真面目さの本質とは

 

 

組織の為のみではなく

己の強い責任感・使命感でことに当たること

何よりも、絶対に生き抜いてやるという信念でしょう

必ず、チャンスを見抜く眼力が備わって来ます

 

そうすれば、使い捨てされない人間として成長していくのです

 

 

人生は戦場です

 

とても辛い時もあります

 

しかし

視点を変えて

生き抜くことを主眼にすれば

見えてくるものがあります

 

死は、敗北です。

 

戦い続けるのが人生

 

命ある限り

死に甘えることがあってはなりません

 

 

もしもこの文章を読まれている方の中に

日々の人生が辛い方がいらしたら

まず、とにかく諦めないで

生き抜くことを目標にして頂きたいです

 

 

世界は必ず明るい方向へ進みます

 

絶対に諦めない心にだけ

強さは宿るのです

 

 

★★★★★

課せられた天命を全うし

更に精進を重ね

世に蔓延る悪縁、悪運を叩き斬ります

 

 

人生は決してあなたを裏切りません。

あなたを待つ縁が必ずあります。

この文章を読んで下さったあなたの人生に、幸多きあらんことを。

 

☆阿部派一刀流・抜刀道・縁斬り抜刀の詳細はコチラ!

www.wajanext.com