『昨日より今日はもっと×2!素敵』 BLOG(イケてる大人計画)

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【川村ケンスケの「音楽ビデオってほんとに素晴らしいですね」】第18回「またまた、音楽ビデオではないのですが…(涙)…宮部みゆき×大林宣彦『理由』(2004年) を見ました!からの、時をかける少女、ちょっとだけ論」

  • 『理由(わけ)』あって、宮部みゆき原作・大林宣彦監督の映画『理由』を見ました(いや、とくに理由はないのですが)。

 

「音楽ビデオって…」っていうお題目の割には、音楽ビデオから外れることが多くて申し訳ないです…。

 

今日も、学校っぽいかも…

 

起立、礼…。

 

いやー、言いたがりがでてるなあーと、自分でも思うわけですが。

 

音楽ビデオっていうメディアに「チカラ」が足りないのが、すごく残念なので、せめて、こういう屁理屈でもこかないと…。

 

映画は、まだまだ、というか、勢いあるメディアなのですね。

なぜなら、

映画だと、例えばこうして少し前のものでも、「意義深く」見れるんですよねー。

 

 

ともかく…

 

大林さんの作品、好きな場合が多いです。

 

この映画ですね。 

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理由 (小説) - Wikipedia

 

映画がどんなものか、様々なブログで「憶測混じりの解説めいたもの」が書かれておりますゆえ、

 

僕的には、ちょっと違う視点で。

 

一般的な解釈では…

  • ドキュメンタリーとフィクションの境目に立っている映画、「理由」。

ということになってます。

 

もしくは、

  • 小説を読むように、映像を見せる映画、「理由」。

ということになってます。

 

 

脚本や、演技のあり方、役者にノーメイクでの出演を依頼、等々。

それらが全て、

「ドキュメンタリーを映画化する、というパラドックス」を実現するために機能していると、いう解釈のようですね。

 

しかし、その一方、あまり語られていないのが、

まずは、「妙なカット割」。

 

  • カット割、というと、演技があって、セリフがあって、それらを映画的に見せるために、カメラの位置を変えたり、複数のカメラで撮影したりして、そうして撮られた「撮影素材」を、映画的に機能させるべく「つなぐ…編集する」という作業、

のこと、に思えますが…。

 

この「理由」という映画の場合、

大林宣彦監督がもともと「CM」なんかから入ってきたひとであることを考え合わせると、

 

  • 映画的機能の編集、ということではなく、まず、「感覚」で「映像と映像をつなぐ」ことをやっている、

 

…と、捉えることができるかな、と。

 

冒頭からして、村田雄浩さん演ずる「警察官」が、自転車で走っていくところ…、

映像的な理屈なく、短めのカットでパッパッパと繋がれている映像。

 

たぶん、

「このシーン(に限りませんが)の、編集・つなぎには、さして意味はない」という「意図」でなされている(ように、僕には見える)ような「編集技法」によって、

このシーンが、

映画の「全体の作り・コンセプト」…

「ドキュメンタリーとフィクションの境目を行く」ということ

…の中で、

「突然、意味を持ち始めてしまう」という、これまた「逆説的な」表現に到達している、という。

 

…なーんてことを、

深く思わずにやってしまっていることの凄さ、が、いつも大林さんの編集にはある気がしています。

 

簡単に言えば、この不思議な編集が深読みを誘う、

もしくは、もっと普通の視点に立つと、

「なんか、変な、気持ちの悪い感じがするなあ」

みたいな感想になるのかもしれません。

 

なかなか、映画でもドラマでも、

ここまで「映画の編集の標準的な技法」から外れたことはできないと思います。

 

そういう視点で、全編見てみると、

「映像の編集にも、いろいろあるんだなあ」

という、あまりにも単純な結論に、至れるかもしれません。

 

それが、この「理由」という映画を、

他の映画たちと違う「位置」に置いておける理由になっている気がします。

 

 

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 …いいよねー。

 

  • 何がいいって、主役たる、原田知世さん・高柳良一さん両名の、演技の「いい意味での下手(に、見えること)な感じ」が、この映画の最大の魅力です。

 

…ほら、ここでも「逆説」ですね!

 

  • 「下手さ」が、魅力になる、という逆説です。

 

原田知世さんと高柳良一さんの、体育館でのシーンをはじめ、

「棒読みか!」

っていう演技。

 

…でも、その「棒読み感」(としか、表現する言葉がないのですが…いい意味で)が、まるで、

「小説の文字を追っているような感じ」

に思えたのです。

 

  • 演技というのは、そもそも、「台本の文字を、人間が覚えて、『演じる』という前提で、読み上げているわけで」、

そういう意味では、

「棒読み(くどいようですが、いい意味です)」は、映画においての「ストーリーを伝えたいという希望・欲望」にとって、最大に機能する「方法論」に、この場合、思えたのです。

 

10年ほど前、テレビで深夜にこの「時をかける少女」を見た時に、ふとそういう感覚に至ったこと、

 

それは、僕の「映像作り」に、多大な「影響」を残していったのでした。

 

ま、簡単に言うとそれが、

「ピュアな少女性・青春性を表現できた映画」

という評価につながっているのではないか、という。

 

それが、

意図された「棒読み感」で「演出」されていたかとおもうと、

大林宣彦という人の「恐ろしい映像感覚」に驚嘆せずにはいられないのでした。

 

草々。

 

 

 では、またお会いしましょ。

さよなら、さよなら、さよなら…!

www.youtube.com

 

ついでに、川村ケンスケの「黒・音楽ビデオ/映像論」を読みたい方は…

(といっても、「黒」ばっかりではないですが…)

こちらも!

ksmvintro.hatenablog.com

ぜひお読みください!